全部取得条項付種類株式とは、株主総会の特別決議(309条2項3号)にて、会社がその種類の株式を全て回収できる内容の種類株式です。
以下の会社を具体例として挙げます。
株式会社Xは、2種類の株式が発行されている会社で、そのうちA種優先株式にのみ全部取得条項付種類株式が設定されています。
取締役間での議論の末、A種優先株式を回収することになったとします。
その場合、株主総会を開催し、A種優先株式(全部取得条項付種類株式)の回収の決議(特別決議)を取ることで、A種優先株式の全てが会社の自己株式になります。
全部取得条項付種類株式を回収するためには、必ず株主総会で決議を取らなければなりません(171条1項)。
ここら辺は、一定の事由や会社の定めた日に、強制的に株式を回収できる取得条項付株式と異なります。
全部取得条項付種類株式と取得条項付株式は内容が似ているため混乱しがちですが、注意してください。
全部取得条項付種類株式の対価について解説する前に、取得条項付株式の対価について確認します。
似た制度の両方を確認した方が、より理解が深まると思いますので、お付き合いください。
取得条項付株式の対価は、取得条項付株式を定める定款変更の際に、社債、新株予約権、新株予約権付社債、金銭、その他の財産を取得の対価として定める必要がありました(107条2項2号)。
一方、全部取得条項付種類株式の対価は、全部取得条項付種類株式を定める定款変更の際に、取得対価の価額の決定の方法のみ決めておけば足ります。
こちらの根拠は新・会社法2実務問題シリーズの株式・種類株式に記載されています。
取得条項付株式と異なり、全部取得条項付種類株式については「取得対価の価額の決定の方法」を定めれば足り・・・
(戸島 株式・種類株式<第2版> 新・会社法実務問題シリーズ 中央経済社
上記書籍には続きがあります。
全部取得条項付種類株式の取得の決議の際に、交付できるキャッシュに余裕がないことも考えられるため、取得対価の価額の決定の方法として、取得決議時の会社の財務状況を踏まえて定める、といった内容も可能です。
このことからも、財務状況に余裕がないなら無償での取得もあり得ます。
(全部取得条項付種類株式の)取得対価は無償もあり得る。
(江頭 株式会社法 有斐閣)
全部取得条項付種類株式がどういう場面で使われるのかというと、少数株主の締め出し(キャッシュアウト)の際に使用されることが多いです。
例えば、株式会社Aが株式会社Xの株の全てを取得し、株式会社Aを親会社、株式会社Xを子会社とするスキームを考えたとします。
子会社となる株式会社Xには株主が100名いましたが、99名の株主は子会社化に賛成してくれたため、株式会社Aにその所有している株式会社Xの株式を譲渡しました。
しかし、株主Y(全体の20%を保有)は反対していました。
株式会社Aとしては、株式会社Xの全ての株式を取得したいので、全部取得条項付種類株式を用いた株式会社Xを子会社化するスキームを実行することにしました。
子会社化の前の株式会社Xは以下の状態です。
株主Yを除く他の株主が株式会社Aに株式譲渡をします。
この後、全部取得条項付種類株式を設けるために、種類株式発行会社になります。
株主総会決議で全部取得条項付種類株式(普通株式の全て)を取得する議案が承認可決されました。
普通株式を回収し、対価としてA種優先株式を交付します。
回収した普通株式は全て自己株式となります(173条1項)。
交付の割合は普通株式1株に対し、A種優先株式0.00125株とします。
普通株式の取得の対価としてA種優先株式が、株式会社Aには1株、株主Yには0.25株割り当てられました。
1株未満の端数株式は234条(一に満たない端数の処理)の規定が適用されますので、結局株主YはA種優先株式をも奪われることになります。
株主Yはタダで株を奪われるわけではなく、売却手続きを経て現金が支払われることになります。
実際にどういった会社が全部取得条項付種類株式を利用したか簡単に事例を挙げたいと思います。
2012年に総合重工業メーカーの株式会社IHI(東証一部)がIHI運搬機械株式会社(東証二部)を完全子会社化する際に、全部取得条項付株式が利用されました。
他には、2015年にシステムインテグレータの三井情報株式会社(ジャスダック)が三井物産株式会社(東証一部)の完全子会社になりましたが、この際に全部取得条項付種類株式利用されるなど、利用実績は多数ありますが、近年は他の方法で完全子会社がされている傾向があると感じています。