最初に注意点をあげると、この会社法322条は本当に複雑なので、何度も条文を読み返しながらこの解説を見ていただくのをお勧めします。
初見の方が完全に理解するには数時間はかかる条文だと思います。
まずは、条文を確認しましょう。
まずは第1項を確認します。
例として、株式会社Xは普通株式、A種類株式、B種類株式の3種類を発行している種類株式発行会社とします。
会社法322条の基本的な考え方としては、ある種類の株式に有利(不利)になるのなら、種類株式の了承を得なさい、ということを規定しています。
かっこ書きとただし書きは条文理解をややこしくするので、一旦置いておきます。下の条文のマーカー部分は読み飛ばしてください。
▼会社法322条1項
普通株式に有利になるようなことを行うなら、A種類株式・B種類株式の了承を得なさいね、ということを第1項で規定していることが分かります。
青色のマーカーのかっこ書き部分を読むと、仮にA種類株式とB種類株式に損害を及ぼすおそれがあるなら、それぞれの種類株主総会で決議を取りなさいと書いてあります。
後半のマーカーのただし書きについては、まだ実際に株式が発行されておらず、B種類株式がゼロだったり、全て自己株式であった場合などが当てはまります。
さて、具体的にどのような場合に他の種類の株式の了承を得なければならないのでしょうか。
会社法322条1項各号の内容を確認していきます。
まずは1号ですが、(イ)株式の種類の追加、(ロ)株式の内容の変更、(ハ)発行可能株式総数又は発行可能種類株式総数の増加の定款変更を行う場合、と規定されています。
基礎知識として、定款変更に必要な決議は、全体の株主総会(臨時株主総会や定時株主総会)での特別決議だけです(会社法309条2項11号)。
会社法322条は、その定款変更等を行うことで他の種類の株式に損害を及ぼすおそれがあるなら、影響を受ける種類の株式の種類株主総会でも決議しなさい、という趣旨になりますので、前提として確認しておきましょう。
それでは1号の中身に入っていきます。
(イ)株式の種類の追加は、X社を例にあげると普通株式、A種類株式が既に発行されており、これから新たにB種類株式を設けるタイミングで考えください。
新たに株式の種類を追加すると、他の種類株式に与える影響も大きいため、今回の例では、普通株式とA種類株式の種類株主総会が必要になります。
(ロ)株式の内容の変更は、A種類株式に剰余金の配当の定めがあったとしたら、その剰余金の配当の内容を変更する場合が該当します。また、A種類株式に新たに取得請求権を追加したりする場合も、この株式の内容の変更に当てはまります。
(ロ)も複雑ですので、以下パターン分けします。
⇒A種類株式が優遇されることにより、普通株式とB種類株式が不利になるため。
⇒A種類株式だけが損をするため。普通株式、B種類株式は何ら変わらないので、これらの種類株主総会は不要。
このように、どのように株式の内容を変更するかによっては、決議しなければならない株主総会が変わってきます。
どの種類の株主に影響があるのか、個別に検討する必要がありますのでご注意ください。
(ハ)発行可能株式総数又は発行可能種類株式総数の増加は、特に解説は必要ないと思いますが、必要な株主総会は以下になります。
発行できる株式の上限数を増やす(枠を広げる)場合、どの種類の株式が増えるか確定しておらず、各種類の株式に損害を及ぼす可能性が均一にあるため、各種類の株主総会も求められています。
続いて、1号の2 第179条の三第1項の承認に入りますが、これは平成26年の会社法改正時に追加された条項で、特別支配株主(総議決権の90%以上を保有している株主)によるキャッシュアウトが可能になりました。
X社を例にすると、仮にA種類株式とB種類株式が合わせて発行済み株式総数の10%に留まる場合、普通株式によるキャッシュアウトが可能になります。
この時、会社の承認とA種類株式とB種類株式の種類株主総会も必要になります。
続いて、2号 株式の併合又は株式の分割です。
まずは、併合を確認します。
普通株式1,000株が500株に減少しますので、普通株式の議決権も半分に減少することになります。
併合することにより、普通株式に損害が発生していますので、全体の株主総会と普通株式の種類株主総会が必要になります。
スタートアップベンチャーの場合、A種類株式やB種類株式に取得請求や取得条項が株式の内容として定められている場合が多く、その目的となる株式が普通株式になっている場合は、A種類株式とB種類株式の種類株主総会も必要になります。
続いて、株式分割を確認します。
普通株式1,000株が2,000株に増加することになります。議決権も倍に増加します。
A種類株式、B種類株式の議決権割合は相対的に下がることになりますので、A種類株式、B種類株式に損害が発生します。つまり、A種類株式とB種類株式の種類株主総会も必要になります。
続いて、三号 第185条に規定する株式無償割当てとは、第三者割当ではなく既存株主に無償で株式を与える規定です。ある種類の株式に別の種類の株式を割当てることも可能です(会社法186条1項)。
X社であれば、普通株式にA種類株式を無償割当をする場合、新たに株主として入ってくるA種類株式の種類株主総会も必要になります。
続いて、四号 当該株式会社の株式を引き受ける者の募集(第202条第1項各号に掲げる事項を定めるものに限る。)とは、既存株主に、その種類の株式を平等に割当てるものです。株主割当てについての詳細は202条1項を確認してみてください。
考え方としては二号の株式の分割に近いです。普通株式が時価相当額で割当てられるのであれば、A種類株式、B種類株式の種類株主総会は不要です。
普通株式が時価未満で発行された場合は、A種類株式とB種類株式の種類株主総会も必要になります。
こちらの根拠は金子先生と富田先生の共同著書です。
4号の株主割当ての募集株式の場合は、時価より安く発行されると他の種類株式に不利益 (~略~)
(金子登志雄(2017)『募集株式と種類株式の実務【第2版】』 p125,中央経済社.)
適正価額による株主割当ては形式的には対象になっても、他の種類株主に損害を及ぼすおそれが生じませんので、実質は対象外です。
続いて、五号 当該株式会社の新株予約権を引き受ける者の募集(第241条第1項各号に掲げる事項を定めるものに限る。)と六号 第277条に規定する新株予約権無償割当てですが、こちらはそれぞれ三号、四号と同様の考え方なので割愛します。
続いて、七号から十三号ですが、これらは組織再編時に関わる条項になります。
組織再編は全体の株主総会での特別決議が必要ですが、その種類の株式に損害が発生するおそれがある場合、その種類の株主総会の決議も必要になります。
2項については、だいぶボリュームは少ないです。
▼会社法322条2項
なんと定款で別段の定めをすれば、種類株主総会で決議しなくてもOKと書いてあるではありませんか。
1項では個別的に損害を及ぼすおそれについて確認しましたが、1項に該当する場合でも種類株主総会を回避できるとは便利ですね。
実際、スタートアップベンチャーでも定款で別段の定めをしている会社も多く、メルカリも上場前には会社法322条2項による定めを定款に設けていました。
実務上は以下のような文言を定款に記載します。
3項の解説に入る前に、2項と直接関係のある4項を解説します。
▼会社法322条4項
X社を例にすれば、普通株式に会社法322条2項の定めを定款に設けようとする場合は、普通株式の全員の同意が必要になります。
既にB種類株式まで発行されていて、全種類の株式に設けようとするなら、普通株式、A種類株式、B種類株式の全員の同意が必要です。
322条は便利な規定ですが、後から設けるにはハードルが高いです。実務上は、種類株式の設計段階で会社法322条2項の定めを盛り込んでおきます。
解説の順番が逆になってしまいましたが、いよいよ最後の3項について解説します。会社法322条をややこしくしているのは実は3項です。
▼会社法322条3項
2項で別段の定めをしていれば、損害を及ぼすおそれに該当する場合であっても、種類株主総会の決議は省略できるが、第1項第一号に関することは必ず種類株主総会の決議が必要である、と規定されています。
つまり、(イ)株式の種類の追加、(ロ)株式の内容の変更、(ハ)発行可能株式総数又は発行可能種類株式総数の増加の定款変更を行う場合のことを指しています(単元株式数についてのものを除く。)。
会社法322条2項を定めておけば、損害を及ぼすおそれがある場合でも、常に種類株主総会の決議を省略できるわけではないんです。
非常にややこしいので注意してください。
本来、取らなければならなかった種類株主総会の決議を取っていなかった場合は、「その効力を生じない。」とあるので、すなわち種類株式を発行していたとしても、それは無効になります。
長かった解説もいよいよ終わりです。
会社法322条は原則と例外が入り混じっているので、最後に整理して終わりとします。
会社法322条は本当に複雑なので、何度も条文と解説を読んで理解をして欲しいと思います。